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リライトできない文芸作品、コピペ原稿、スピーチ原稿とその理由

 

 当センターは、多種多様な原稿のリライト依頼をお受けしていますが、次のようにリライトできない原稿もありますので、ご了解くださるようお願いします。

  ①創造性を求められる文芸作品(すぐ下)
  ②主に理系・専門家向けの原稿
  ③オリジナル原稿ではないもの
  ④スピーチや手紙類

①創造性を求められる文芸作品
 ―小説、戯曲、ノンフィクションなど

 小説、ノンフィクション、戯曲(台本)など、創造性が求められる文芸作品はリライトになじまないと考えています。なぜなら、文芸作品は「ことばの芸術」でありながら、その本質はことばを超えたところにあるからです。

 例えば小説の場合、文章力が一定のレベル以上であることは当たり前のことで、作品の価値はむしろ、全体の構想や登場人物のキャラクターの魅力、人間、社会、時代などへの感性や洞察力などにあります。それに加えて、ストーリーの面白さやリアリティ、独自の世界観なども求められます。文章がうまいだけではすぐれた作品にはならず、単なるリライトではどうすることもできないのです。もちろん、小説の中には、文章展開や文体そのものが、作者の個性として作品の中核になる場合もあります。しかし、そうした創作の領域に立ち入るのはリライトではありませんし、私の能力を超えています。

 次に戯曲ですが、これは演じられることを前提としたセリフで構成されていますから、活字として読まれる文章とは根本的に異なります。そのセリフをリライトするということは、登場人物のキャラクターや芝居で表現される思想などに影響を与えることになります。リライトは創作の領域に踏み込むことができないので、やはりお受けすることはできません。

 なお、文芸作品のリライトに関しては、もう一つ問題があります。仮に、私が依頼者の作品に対して、単なる文章力を超えた生命力を作品に授けることができたとしましょう。その場合、それは原文を書いた人の作品といえるでしょうか。その「作品」は、もはやあらすじや原案だけを考えた人の世界を離れ、それを完成させた人のものになると考えるのが普通でしょう(作品の出来栄えにもよりますが)。

②主に理系専門家向けの原稿

 私は一応、国立大学工学部の出身で、高校時代は数学と物理が得意科目でした。しかし、19歳頃から私の人生は歯車が狂い出し、編集者やコピーライターの世界に転職した経緯があります。そのため、一般読者向けのやさしい解説書のレベルを超えた、理系の専門性が高い論文・レポートは手に負えず、ご迷惑をおかけすることになります。論文というほどのものではない業界紙向けのレポート的な記事でも、専門用語の意味をいちいち確かめなければならず、リライトどころではなくなってしまいます。

 学術的な色彩の強い原稿で、私がなんとかできるリライトは、生活習慣病や栄養学の分野、心理学や心の病に関する分野、色彩学の分野、といったところです。

③オリジナル原稿ではないもの―コピペ、他

 自分自身が書いたものではない原稿を、「リライトで別の文章のように変えることはできるか?」というようなお問い合わせが稀にありますが、「リライト業務」としてはお断りしています。

 理由はお分かりになりますね。「盗作」になるかもしれないことに協力はできないからです。多くの場合は関連するサイトからコピー&ペーストしたものを送ってくるのですが、全体の構成がどの程度似ているのかわかりません。文章そのものは、一行たりとも同じ文にならないようにようにすることは難しくないのですが、それでも全体の主旨や論理展開、文章の流れが似かよってきます。また、原文の作者固有の体験とか、独特の比喩や引用などはリライト不可能で、その部分は「体験を創作する」ということになります。もはやリライトとはいえなくなるでしょう。

「三種混合」ならオリジナル原稿に!

 誰にも「コピペ」と分からず、「論旨が全体的に似ている」と言われない文章にするためには、私がその内容について熟知していて、半分くらいは自分の言葉で書けるくらいのレベルでないと無理です。そうでない場合は、中心となる原稿の他にもう2つくらいは参考資料がないと書けません。3つの原稿を合体させて削ったり付け足したりしながら書き直せば、もう「似ている」とは言わせません。

 では、なぜそうしないのか? それはもうリライトではなく、「私のオリジナル原稿」になってしまうからです。技術の質が違う上に、時間もかかります。当然、リライト料ではなく執筆料に近いものをいただくことになります。全体の構成や見出しまで見直すことになると、その作業はもう執筆そのものです。

④スピーチや手紙類

 スピーチの草稿は読者に読まれるものではなく、話されるもので、活字と話し言葉は本質的に違います。スピーチで大事なことは、言葉だけでなく、顔の表情や声のトーン、身振り手振りなどで表現すること。そして、その場の聴衆の気持ちを早くつかむことです。そのためには比較的早い段階で、その場にふさわしい良質のユーモアを織り交ぜることも必要でしょう(たいていの日本人は苦手ですが…)。

 草稿を文章的な観点から手直ししても、よいスピーチになるとは限りません。話し手の人柄やその人らしい表現がにじみ出たスピーチが大事だからです。そもそも、私自身がスピーチを大の苦手としていますから、アドバイスする立場にはありません。

 次に手紙ですが、プライベートなもののリライトは論外です。プリントした長文の手紙を何人かの人に送るという場合もあります。内容に公的な側面があると不安になる方もいらっしゃるのでしょう。お気持ちはわかりますが、差出人と受取人の心理的な関係性が分からない以上、手紙というコミュニケーション手段の文面に関わるのは遠慮しておきます。また、手紙には、改まったスピーチと同様に特有の形式があります。個人的にはそれがあまり好きではありません。

                      文章ドットネット/原稿添削リライト・執筆サービス係