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文章講座2〔4章〕文章の構成と構想>エッセイでは体験と観察が大切

エッセイでは体験と観察が大切

自分にしか書けないことを書く

 エッセイは個人的な体験をもとに、気持ちや考え方を表すものです。素材となる体験は、できる限り、「自分にしかかけないもの」であることが望ましいでしょう。

 

 よく有名人のエッセイ集のようなものが出版されますが、読者は何を求めてその本を買うのでしょうか。たとえば、映画監督が書いた本が出たからといって、人は映画の作り方や演出の仕方が知りたくて買うわけではありません。同様に、舞台俳優や料理研究家、カメラマン、冒険家などの書いた本も、読者は専門的な知識や、その職業に就くための方法を知るために読むのではありません。仮にそれらを求めたとしても、何の役にもたたず失望するだけです。

 読者が有名人の本に求めるのは、自分の世界とは異なる世界、自分が体験し得ないエピソードではないでしょうか。その体験をめぐる作者の喜びや悲しみ、驚き、苦しみ…。得たものと失ったもの、そうした一切合財を文章から感じ取りたいのです。

 とすれば、もう書くことは決まっています。自分の特異な体験を探し出して、しっかり見つめ直すのです。

 とはいっても、ほとんどの方は、「自分には、有名人のような華やかな業績もなければ、珍しい体験もない」と思うかもしれません。でも書く素材は、読み手が目をみはるような「特ダネ」である必要はないのです。何千、何万人に一人が体験することではなくても、自分にとっては忘れがたいことであれば、書き方次第で「あなたの中の何か」が必ず読み手の心に届くはずです。

 たとえば、家族旅行に題材を求めたとしましょう。
 どこにでもあるふつうの家族。だれもがする一般的な名所旧跡めぐり。そんな中にも、一つや二つは忘れられない出来事があるはずです。

同じ宿で知り合った家族と、帰ってからもお付き合いをしている話。
旅先で病気になって、保険証を持っていないために苦労した話。
山歩きで迷子になって、遭難騒ぎになった話。
電車や船がストップして、一昼夜足止めを食らった話……等々。
 
 以上は、よくある話かもしれませんが、誰もが経験しているわけではなく、採り上げ方によってはおもしろい話になるかもしれません。

 筆者の旅行を例にとれば、二泊三日の親孝行旅行で楽しい富士五湖巡りのつもりが、真ん中の日に暴風雨に見舞われ、タクシーで宿を移動するだけになってしまったことが、真っ先に思い出されます。

 また、筆者の旅行中の小事件としては、中国旅行で飛行機が突然、砂漠のど真ん中の空港に不時着したことが、話の種としてはおもしろそうです。その空港はシルクロード南道のホータン(和田)という、外国人観光客禁制の場所だったのです。周辺はわずかのオアシスを残して見渡す限りの砂漠ばかり。一部のシルクロードファンは、ホータンの地面を踏み締めただけで感激していました。しかし、それはほんのつかの間の喜びに過ぎません。

 廃校になった学校の講堂のような、おんぼろ施設の空港。汚いトイレ。時おり舞い上がる砂嵐。情報不足。いつまでたっても状況説明がないことにツアー客はいらだち、次第に不安が広がりました。現地中国人ガイドさえ先が見えず、なすすべもない、そんな小一時間の出来事は、原稿用紙5枚以内でも収めるのに苦労しそうです。

 題材のおもしろさは、文章の巧拙に匹敵するくらい大事な要素だということを、しっかりと肝に銘じてください。

注意深く観察する

 文章を書く上でもう一つ大切なことは、日頃から注意深く観察する習慣をつけておくことです。

 素晴らしい題材が見つかり、頭の中で盛り上がってきたものをいざ書こうとしたとたん、言葉が続かなくなるということはありうることです。ディテールが思い出せないため、筆が止まってしまうのです。

 前述の、飛行機が不時着した中国旅行では、ツアー仲間の一人である六十代の女性が帰国後、中国旅行記を書いて自費出版しました。その方は、マイクロバスが出発するまでのわずかの時間や、食事のあとなどの時間を利用して、こまめにメモをとっていました。旅行記を書こうという気構えで旅行をすると、感覚が鋭敏になりますから、同じものを見聞きしてもかなり違うものになってくるでしょう。

 筆者はカメラを多少いじりますが、被写体を探しながら風景を見るのと、カメラを持っていないときに風景を見るのとでは、明らかに風景の見え方が違うのを感じます。どこに目が向かうか、そしてディテールをどれだけ観察しているかに差が出てくるのです。

 文章でも同じことがいえます。同じ道を歩いていても、人によって見えているものは違います。それが個性です。そして、その選ばれた事物への観察のしかたが、また観察者の心のありかを反映しています。周囲に注意を払い、観察することこそは、個性的な文章を書くための重要な一歩なのです。

豊富な素材から贅肉をそぎ落とす

 興味を持って注意深く物事を観察し、それをメモすることによって、書くべき素材は豊富になります。しかし、書くことが多くなればなったで、また苦労することになります。つまり、あれもこれもと詰め込みすぎて、まとまりがつかなくなってしまうのです。

 書いている張本人が、どこに向かっているのか忘れてしまうようでは、読み手はとまどうばかりです。読み手は、「次が知りたい」、「理由を知りたい」という気持ちがあるからこそ、文章を読み続けるのです。せっかくおもしろい題材を見つけても、あまり関係ない話や、似たような話が続いてしまうと退屈させてしまうでしょう。

 そこで、贅肉をそぎ落とす作業が必要になってきます。自分がいちばんいいたいことは何か、その一点に絞って素材を厳選するのです。題材にぴったりした素材以外は、書きたい気持ちをこらえて捨て去る勇気が求められます。


 ここで再々度、筆者の中国旅行の例に戻りますが、あの事件を新聞記事のように書いたのでは、単なる事実の羅列になってしまい、素材のおもしろさが死にます。

 エッセイとしてまとめる場合は、一連の事実の背後から、自分の気持ちや考え方をつむぎ出さなければなりません。それに沿って、次は素材の取捨選択に移るわけです。

 中国機不時着事件のテーマ絞り込みは、いくつか考えられます。たとえば、「情報が伝わらず、旅行者への配慮が足りない中国」をテーマにしてもよいでしょう。あるいは「歴史的なシルクロードの拠点と、外国人観光客禁制のギャップ」などが考えられます。しかし、どちらも中国を批判する立場になってしまい、旅の楽しさが伝わりません。

 筆者としては、何もない砂漠の真ん中にある空港の珍しさや、ところどころに穴のあいた板壁、殺風景な待合室、情報不足と飛び交ううわさ…などを、めったに体験できないこととして受け入れ、旅のアクセントとして楽しんだ記憶があります。いま振り返れば、散々な目にあったあの一時間も、ホータンの地に降り立ったという貴重な体験に彩りを添える、「楽しい思い出」です。
 
 したがって、これを題材にエッセイを書くとすれば、「カルチャーショックを楽しんだ」というオチを匂わすような展開になるでしょう。そのレールから反れた素材は、もったいないという気持ちを抑えて、捨てなければなりません。

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