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単語、文節、文、文章の違いとは

単語から文へ。修飾語の働き

 赤ちゃんが最初に覚える「ママ」「わんわん」などの言葉は単語です。当然このままでは文とはいえません。語彙が増えてきて、「くまさん、かわいいね」などと言えるようになると、不完全ながら日本語になってきます。

 「くまさんはかわいい」というように、主語と述語がそろったものを文と呼びます。さらに複数の文が集まって一定の内容が表現されると、晴れて文章に昇格します。
 文の最小単位は主語と述語ですが、それだけでは十分に意味を伝えることができません。そこに修飾語がつき、さらに接続語などがついて複雑な文へと発展していきます。

 次の文を見てください。

 ①こおろぎが鳴いている。
 ②私たちは移した。


 ①の文は主語「こおろぎが」と述語「鳴いている」で完結しています。しかし、②はこのままでは不完全です。私たちが「何を」「どこに」移したかを示さないと、この文だけでは意味をなしません。そこで次のようにことばを補います。
 
  私たちは拠点を東京に移した。
 
 これで形式的には完全な文になりましたが、まだ唐突な感じがしませんか。「拠点」だけでは意味不明な上に、全体にピリッとしません。より具体的な修飾語を加えて、現実感を出してみます。

  昨年の夏、私たちは演奏活動の拠点を東京に移した。

 これでようやく意味の分かる文になりました。意味を伝える最低限の修飾語と、読み手のイメージを膨らませる修飾語が加わって、初めて一人前の文になれたのです。

 なお、単語と文の中間的な存在に「文節」というものがあります。文節は複数の単語からなりますが、文を構成しないもののことをいいます。たとえば「昨年の夏」「活動の拠点を」「流れる水のごとく」などのような言葉が文節です。

文から文章へ。論理の自然な流れに乗って、不完全さを補う

 文章とは複数の文が集まったものです。しかし、ただ文が集まればよいわけではなく、それぞれの文に関連性がなければなりません。たとえば、

 その日は朝から土砂降りの雨だった。アボカドは森のバターと呼ばれている。しかし、私の好きなのはジャズだ。

という文章は、論理的にも感情的にも支離滅裂で、文章とはいえません。

  
 文章は、思想や感情を表すために、それぞれの文が何らかの論理的関連性をもって書かれたものでなければなりません。論理的関連性というと難しく感じるかもしれませんが、実際は逆です。試しに、先ほどの「文章もどき」のように論理的関連性を一切排除したものを書いてみるとわかります。実は、意外に難しくて、たちどころに筆が進まなくなるでしょう。

 私たちの脳は、放っておいても自然に論理的つじつまを合わせようとします。ですから、1行目に「その日は朝から土砂降りの雨だった」と書けば、そのことを受けて何らかのことを書こうという意思が働きます。

 読者の側から見れば、「その日とは何の日だろうか」「土砂降りの雨で何か困ることがあるのだろうか」という疑問が湧きますから、次にその説明が来るだろうと無意識に予測するわけです。そこでこのような文章が展開されることになります。

 その日は朝から土砂降りの雨だった。こんな日に限って大切な面接があるのだ。場所は千駄ヶ谷駅から徒歩8分。タクシーに乗る距離ではない。

 2番目の文で「その日」が大切な面接日であることが明らかにされ、さらに次の文で、土砂降りの雨では困る理由が述べられています。しかし、これで完結したわけではなく、興味の対象は面接がどうだったのかということに移ります。「土砂降り」は前途多難さを暗示しており、こう書いた以上は「すべては順調だった」という文章展開だけは消えるわけです。

 以上のように、一つの文から生ずる疑問ないし不完全さを補うために、次の文が書かれるわけですが、それがまた新たな不完全さを生み、新局面へと移行します。つまり、文章とは論理の自然な流れに沿って進行していくものなのです。悪文とは、その自然さに何らかの強いゆがみが生じた状態といってよいでしょう。

 単語から文へ、文から文章へと、流れを見てきましたが、次に文の成分である主語、述語、修飾語、接続語、独立語について述べていきます。


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