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文章のテーマの探し方

人は何を知りたいか?

  文章を書く前に大切なことは、「何を書きたいか」ということだと思っている方は多いでしょう。もちろん、それも大事です。しかし、忘れてはならないのは、文章は「だれかに読んでもらう」ために書くということです。人は何を知りたいのか? 自分の書こうとする内容に興味を持ってくれるのだろうか? テーマ選びは、その関所を通過したものでなくてはなりません。

 たとえば、鎌倉への小旅行を書きたいと思ったとします。すると慣れない人は、タイトルを「鎌倉への小旅行」と書くでしょう。この瞬間に、すでに何割かの読者を失うことが約束されます。テーマが漠然としていて、読者の好奇心や想像力をかきたてるものがないからです。

 「鎌倉への小旅行」というような題目を掲げる人は、その日に起こったことを時間の秩序に従って順番に記述しがちです。いわゆる「事実の羅列」ですが、読み手からすれば、他人の行動を逐一報告されてもおもしろくも何ともありません。書き手は鎌倉への旅の何に感動したのか、その感動は共有できるものなのか。あるいは読み手の知らない何を教えてくれようというのか。そこに期待が持てなくなった時点で、読むのを中止してしまうかもしれないのです。

 鎌倉への小旅行の中からは、さまざまなテーマが絞り込めるはずです。名所旧跡から歴史への思いを馳せることもできますし、「歴史と現代の調和」、あるいは「失われた歴史的面影」などの視点で、具体的な描写をすることもできます。さらに絞り込んで、建長寺、円覚寺、極楽寺など特定の寺社の魅力について述べてもよいでしょう。旅の中でいちばん心に残った風景は何か。それを語ることが、読み手の気持ちをつかむための出発点です。

 エッセイのように短い文章では、テーマを大きく広げるよりも、逆に絞り込むほうがより多くの読者の興味を引き寄せることになるのです。

知識のひけらかしと一般論は禁じ手

 
 漠然とした「書きたいこと」から具体的にテーマを絞り込む過程で、いろいろなイメージが脳裏に湧き上がってくることでしょう。その中で、これだけは避けたいという「禁じ手」が、知識のひけらかしと一般論の展開です。

 知識のひけらかしが嫌われる理由は、会話を想定してみてください。得意げに話しているほうは気持ちいいでしょうが、聞いている側は少しも楽しくないのに、興味深げな顔をしなければなりません。文章でも同じことがいえます。違うのは、文章のほうは途中で読むのを中止しても、だれにもとがめられないことです。

 知識のひけらかしは、書いている本人が自覚しているとは限りません。資料を手に親切のつもりで書いているうちに、いつの間にか本来のテーマとすり変わってしまうこともあります。

 たとえば、先ほどの鎌倉の例でいえば、極楽寺について説明しているうちに、その名前の由来から創建された時代背景、重要文化財に至るまで、ついつい書きすぎてしまうような場合です。読み手は観光案内を求めているわけではなく、書き手が直接体験した、「書き手にとっての極楽寺」を知りたいのですから、客観的事実はほどほどにすべきでしょう。

 もう一つの禁じ手である「一般論」は、エッセイよりも小論文に多く見られます。これも会話で考えてみましょう。日本では当たりさわりのない一般論的な主張が幅を利かせる傾向がありますが、欧米では「自分の考えを述べないこと」は禁じ手です。「日本人は何を考えているかわからない」などとよく言われるのは、英語が苦手だからという理由だけではないようです。

 最近では日本でも、一般論しか述べない人は親しくなれないという空気が芽生えているように思えます。文章で表現する場合は、時間をかけて論理を組み立て、具体例を挙げながら主張するわけですから、「独善的」のそしりは免れます。自分の考えを述べることをはばかる理由はありません。

 独自の視点や考え方が感じられない小論文は、具体的な情景描写がないエッセイと同様に、読み手を退屈させます。まして、それが審査の対象となっている場合は、文章自体のレベルがどんなに高くても、論文としての高い評価は得られないでしょう。

鮮烈な体験をテーマに

 ここまで、テーマを探すためのポイントをいろいろ述べてきました。人は何を知りたいのかを意識することが大切。事実の羅列はおもしろくない。知識のひけらかしはダメ。一般論の展開もつまらない。これでは、「ますますテーマ探しを難しくしているではないか」と叱られそうですが、すでにこれまで述べてきた中に答えはあります。

 それは、自分自身の体験した最も印象的なシーンを軸にして、テーマを考えることです。どんな平凡な人生の中にも、小さな事件はたくさんあるはずです。ただし、あれもこれもと欲張ってはいけません。書くのは一つだけ。あなたにとって最も鮮烈な体験といえるものを、まずは書いてみてください。

 自分が感動していないことを書いても、人は感動するはずもありません。文章が上達してくれば、些細なことをテーマにしても、興味深く料理することもできるでしょう。しかし、初心のうちは素材自体のおいしさ(ユニークな体験)に頼るのも仕方ありません。

 さて、おいしい素材が見つかったとしても、多少の付け合せは必要になります。主役の持ち味を損ねず、おいしさを強調するような薬味が加われば、多少の料理下手はカバーできます。ゆめゆめ、大物の素材を一緒に料理しないこと。たとえば、カボチャとジャガイモを一緒に煮込むようなマネをすると、素晴らしい話になるはずの体験がぶち壊しになります。

 ところで、いわゆるエッセイとは性質が少し違いますが、新聞などの投書においても、具体的な体験談があると選者にインパクトを与えます。本で得た知識や社説に書いてあるような内容よりも、自分自身の体験の中から導き出された主張は、説得力があるものです。そもそも、自分のことを棚に挙げておいて、社会に対して物申すというのはフェアな印象を与えません。

 体験談は生き生きと描写されるほどに、読者のイメージがふくらみます。テーマ選びは、生々しい記憶がポイントです。


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