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  囲碁・将棋|下手の横好きが有段者になるまで

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囲碁・将棋|下手の横好きが有段者になるまで

「囲碁のほうが将棋より高尚で難しい」は本当か?

 囲碁と将棋を両方楽しむ人は意外に少ない。将棋は子供の頃、回り将棋やハサミ将棋などで駒に親しんだ後、「本将棋」に進むことが多いので、ハードルは低くなる。しかも、いろいろな動き方の駒があって面白く、「相手の王様を取れば勝ち」という分かりやすさもある。

 一方、囲碁のルールは相手の石を四方、隙間なく囲えば、その石が取れるというもので、一見シンプルに見える。しかし、いざ始めてみると取る側も、防ぐ側も応酬は難しく、初心者には何が何だか分からなくなる。しかも、囲碁の最終目的は石を取ることではなく、相手よりも一目でも多く陣地を囲うことである。時には石を取ったほうが不利になることもあり、中級クラスになっても対局中は五里霧中、雲をつかむようなもどかしさがある。

 そうしたとっつきにくさがあるため、昔から「碁は高尚な趣味」という誤った常識がまかり通っていた。落語の世界でも、将棋の登場人物は庶民の熊さん八つぁんで、囲碁をたしなむのはお坊さんである。江戸時代の庶民には、囲碁はとっつきにくかったのかもしれない。

 私は碁と将棋の両方を楽しみ、多くの年月を費やしこそしたが、両方とも有段者の棋力を得た。その経験から、両者の面白さや難しさに優劣はないと感じている。将棋は古代インドのチャトランガという四人制すごろくが発展したものであり、囲碁は古代中国の戦争の占い(国盗り)がゲーム化されたものだとされている。

 「王様の首を取るか、領地をより多く取るか」で戦略的には異なるが、ゲームとしての洗練度や面白さ、そして上達の難易度は甲乙つけがたい。

才能よりもきっかけ、努力よりも環境

 「囲碁や将棋が強くなるのは才能だ」…と思っている方も、これまた意外に多い。どんなジャンルでも、その道の達人は豊かな才能の持ち主かもしれない。しかし、その裏で並外れた努力をしていることも忘れてはならない。そして、もう一つ大事なのが環境である。

 学校や職場、地域などの仲間内で天狗になる程度なら、「才能」はあまり関係ない。やる気になるためのちょっとしたきっかけがあれば十分である。やる気になれば努力は苦痛ではなく、喜びと化す。気軽に囲碁や将棋を楽しむ環境があり、ライバル目標となる人、さらに親切な指導者がいれば、努力は楽しみに変わり、楽しむことが結果的に「努力」となる。

 以上は、私自身の経験だけでなく、社内の同好グループや街のサークルなどに参加し、多くの方を見ての見解である。ただし、囲碁のアマ6段以上、将棋のアマ5段以上は、十代の頃に集中して鍛えてないと「達成が難しい棋力」だと感じている。まして、プロ棋士になるには、小学校卒業前にそれくらいの棋力に達していないと難しいようだ。それには出会いと環境・努力に加えて、才能も必要であろう。もちろん、才能を開花させてくれるプロ棋士、または指導力のあるアマ強豪への弟子入りも欠かせない。

 さて、ここで私自身の囲碁・将棋体験について語らねば、以上に述べたことが「たわ言」になってしまう。将棋と囲碁をいつごろ覚え、どれだけ長い間ヘボ時代が続き、どのようにして有段者になれたのかを次回から述べていこうと思う。

囲碁・将棋(2020年12月) 

 将棋① 歩三兵を卒業、将棋の形になるまで(教えてくれない祖父)
 囲碁① アマ5級の父から教わった超ヘボ碁時代 


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