学内「縁台将棋」で知った我が棋力。
3級で止まった原因
晴れて某国立大学に入学した私は、学内のメインストリートに「出店」した様々なサークル宣伝部隊の洗礼を受けた。その中に、細長いテーブルをはさんで将棋を指している一群を見つけた。さっそくのぞいて観戦していると、横から「指してみないか」と声がかかる。将棋部の2年生で棋力は4級だという。久々の対局なので自信がなかったが平手でお願いした。
結果は運よく勝てたが、内容はあまり良くなかったことを覚えている。自分の棋力が分からないので聞いてみると、3級くらいはあるかもしれないということだった。その先輩はサークルでは弱いほうらしく、同学年の人は大体初段以上だという。入部を熱心に勧めるので入ることにした。
数日後、部室に顔を出してみると、新入生も数名いて、私と同じか、ほんの少し強いくらいの人がほとんどだった。その大学は関東の大学では弱いほうで、同じ部室を使っている囲碁部のほうが強い人がたくさんいた。それは打っている姿からも感じられ、五段くらいはあるらしかった。熱心に見ていると碁も好きなことがバレて、入部を誘われそうなので、観戦はほどほどにした。
女子が半数いるもう一つのサークル
しかし、それだけが伸び悩みの原因ではない。実は、将棋以外にもう一つ美術系のサークルに入っていたのだ。そこには同じ専攻(クラス)の仲間が3人と、かつて私が興味あった建築科の学生が3人いて、話が合った。また、そのサークルには教育学部からも数名の女子が入っていて、2年生も含めて男女の比率がほぼ半々だった。
私の卒業した高校はもともと男子校で、戦後に共学になったものの、女子で入学するのは成績優秀者のみだった。特に私の学年の女子は4百数十人中わずか30人にも満たなく、3年間を女子のいないクラスで過ごした経緯がある。カラス色の学生服一色のクラスからようやく解放され、男女ほぼ半々のサークルに足が向いてしまうのは、実に自然なことだった。将棋が強くなることは、優先順位としてはだいぶ下の方になっていた。
とはいえ、将棋サークルの人間関係もまた、別の意味で楽しい。頭ばかり使っている人のように思われがちだが、実際は一度盤をはさむと、遠慮のないフランクな関係になることが多いのだ。特にアルコールが入ると面白くなる。同じ棋道でも、囲碁の方はなかなかそうはならない。 囲碁はクール、将棋はホットなゲームなのかもしれない。
3級の私が、三段の先輩に平手で勝てた理由
その席で私は、部長を務める三段の先輩と平手で将棋を指した。本来なら上手に飛車か飛車香を落としてもらう手合いだ。勝てる道理がないのだが、そこはアルコールと駒音が溶け合う摩訶不思議な空間である。
私の先番で、先輩は四間飛車を選んだ。私は高三の夏休みに研究した「三筋からの早掛け」を狙うが、じっくり美濃囲いに組まれ、攻めのタイミングが分からない。しかし、持久戦では上手に勝てないと思い、思い切って仕掛けた。その後の展開は昔のことで覚えていないが、奇跡的にも、私は手合い違いのその将棋に勝ってしまったのだ。
さっそく感想戦が始まる。初手から並べ直し、ところどころで先輩が解説をした。平手で負けたほうが、勝った者に教えるのだから不思議な光景である。その中で一つだけ、鮮烈に覚えている教えがあった。
「離れ駒ができた、この瞬間に仕掛けたのがよかったね」
註;離れ駒とは、金銀などの駒が自分の別の駒と離れている状態を指す。詳しく解説するのは本題から外れるので割愛(「将棋 離れ駒」で検索)。
その手は、分かっていて指したわけではないのに褒められたので、よけい脳に深く刻まれた。これに気を良くし、将棋の研究にいそしむようになった…という展開が普通だが、そうはならなかった。その頃、油絵を始めたり、中高生時代に疎遠だった読書にいそしんだりと、学業以外にもやることがたくさんあったからだ。
将棋⑤(2021年6月)
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